「退屈を楽しむ」というのは、実に贅沢で至高の極みであると思う。
人間本来の機能を取り戻すのに、難しいことは何も必要ない。温泉やサウナを楽しみ、美味しい食事を食べ、後はぼーっと過ごす。これだけで気持ちよく、体調も良くなり、幸福になることができる。振り返ってみれば、今回の3泊4日の北海道サウナ旅では、それ以外のことは何もしていない。
今回の旅では、「スマホを使わない」ということもひとつの裏テーマとして掲げていた。電子デバイスに汚染された自分自身を「人間」として再起動するための旅でもあったのだ。道中、充電はわずか10%しか減っていない。スマホを排し、目の前の温泉・サウナ体験に全神経を集中させることで、再起動のプロセスは確実に成功している実感があった。後は、完全に起動し切るために、最後の目的地で最高のサウナ体験と共にこの旅を終わらせるだけである。
「ニュー阿寒ホテル」でのサ活を終え、湖畔沿いを10分ほど歩き、「あかん遊久の里 鶴雅」に到着した。旅の終着地というものは、切なさと興奮が同居することが多いので、なんとも言えない気持ちになるが、不思議なことに疲れは全くない。振り返ると今日は朝から「湯宿だいいち」で6セット。「ニュー阿寒ホテル」で2セット完了しているので、すでに8セットをこなしている。そしてこれから何セットやるかわからないが、10セットは確実に超えてくるだろう。その後の食事は、さぞ美味しいに違いない。
チェックインを済ませ、客室でしばらく休憩していたが、早く大浴場に行きたいという欲望を抑えきれず、夕方のサ活を開始することにした。この日は、男性が8Fの展望大浴場「天の原」を利用できる日だった。着替えを済ませて中に入ると、広い内湯があり、フィンランド式サウナ、ミストサウナ、水風呂、休憩スペースが完備されている。これだけで充分な設備であるのだが、展望露天風呂に抜ける階段を登ると、思わず声が漏れてしまうような感動的な絶景が出迎えてくれるのだ。
阿寒湖の雄大な湖面と、聳え立つ雄阿寒岳を同時に拝むことができる。さらに天気は快晴であることから、阿寒湖は透き通ったブルーに輝いている。空気も綺麗なのか視界も透き通っており、全てがクリアに見える。どこかの楽園にでも迷い込んでしまったかのような気分であった。
しばらく別世界を彷徨っていたようだが、現実世界に戻り、ゆっくりと露天の天然温泉に身を沈める。阿寒湖温泉の柔らかな湯が、8セットをこなした小生の身体を優しく包み込む。体が温もると、休憩がてらに景色を眺め、肌寒くなるとまた温泉で体を温める。この景色をずっとみていたいという気持ちが、温泉と景色鑑賞を永遠に繰り返させるが、そろそろサウナに入ることにしよう。
「あかん遊久の里 鶴雅」の屋上部には、世界初のドーム型展望サウナがある。断熱複層ガラスを用いた360度全面ガラス張りのサウナ室だ。扉を開けて中に入ると、不思議な感覚に襲われる。これまでサウナ室で味わったことのない開放感である。小生はこれまで全国各地で様々なサウナに入ってきたが、天井も含めて全面ガラス張りで、360度見渡せるサウナは体験したことがない。そのため、サウナ室に入ると、興奮が先に来て、いい意味でなかなか落ち着かなかった。室温は80℃程度で湿度は低い。ikiストーブが添えられているが、セルフロウリュはできない仕様になっているようだ。湿度が低いので体感温度は低く、じっくりと時間をかけて汗をかくタイプのサウナである。
しばらく体を熱し、露天風呂の水風呂に身を沈める。ここの水風呂は「阿寒百年水」という名水を使用している。阿寒の森に降った雨や雪が、長い年月をかけて地下深くで濾過されたミネラル豊富な天然水だ。天然水の爽快感というものは格別であるし、名水となればその気持ちよさは抜群である。さらに、水温も完璧で17℃ほど。そこから外気浴に移行してしばらく休憩をした。
非常に気持ちのいい体験ではあるが、さらに良くなるために改善の余地があるのでここに記す。露天風呂全体的にそうなのだが、起立しないと綺麗な景色を眺めることができないのが難点である。温泉に浸かりながら、外気浴をしながらでも景色が綺麗に見えればもっといいのだが、現状はそうなっていない。具体的には、露天風呂の窓ガラスが清掃されておらず、白の汚れが蓄積し、景観を悪くしている。この窓ガラスが汚いので、ガラス越しの景色がかすみ、起立してダイレクトに景色を眺めることで代替するしかないのが残念なところだ。外気浴の位置についても工夫して、現状は空いたスペース(隅っこ)にチェアが置かれているが、専用のデッキを用意して、チェアに座りながら絶景を眺めれるようにすればさらに体験の質は上がると思われる。
2セット目は、内湯に戻り、フィンランド式サウナに入る。結論から言うと、このサウナが最も素晴らしいと思う。露天の360度ガラス張りのサウナもエンタメとしては面白いが、小生の好みとしては、静寂で暗いサウナ室が好きであるため、この内湯のフィンランド式サウナはまさに小生の好みにドンピシャである。さらにデザインも美しく、ただ身体を温めるだけではなく、視覚的にも癒しを与えてくれる作りになっている。運よくオートロウリュにも巡り合い、じっくりと汗をかいた後は、阿寒百年水の水風呂で圧倒的な爽快感を得て、再び露天風呂に移動して阿寒湖の景色に抱かれながら、2セット目が終了した。
その後も、温泉やサウナを楽しみ、食事の時間が近づいてきたので大浴場を後にした。




完全に余談だが、この日は少しサウナに入りすぎたこともあり、食事前に脱水症状のような身体感覚が起きていた。そのため、レストランに入ってからも若干足取りが怪しかった。結果的に味噌汁を2杯ほど飲むと体調は完全に回復したのだが、「あかん遊久の里 鶴雅」という北海道でも屈指のメニュー数を誇る豪華なディナービュッフェ会場にて、冒頭20分ほど、ひたすら味噌汁を飲み続けるという様子は、他人の目から見ればさぞかし奇異なものであっただろう。全く、困ったものだ。体調も回復したので美味しい食事を存分に楽しみ、客室に戻ってゆっくりしていると眠気が襲ってきた。この日は天気も良かったので、今頃、露天風呂では星空を見ながら温泉に入ることができるかもしれないが、もうその体力は残っていない。睡魔が勝り、そのまま深い眠りに落ちた。
翌朝は5時に目覚め、もう一つの1F大浴場「豊雅殿」を堪能した。昨日とは男女入れ替わりである。こちらの1Fの大浴場は全く世界観が異なり、阿寒湖に接する庭園露天風呂では、湯に身体を沈めると目線がほぼ湖面の高さになる。湖との一体感を味わいながら、涼風で火照った肌をさますのは格別だ。洞窟をイメージしたモダンな瞑想空間のフィンランド式サウナもあり、朝から1時間ほどサウナと温泉を心ゆくまで楽しんだ。
その後、朝食を食べてチェックアウトし、車で女満別空港へと向かう。
北海道の広大な大地を走りながら、小生はこの3泊4日の旅を振り返っていた。知床から始まり、阿寒湖で終わるサウナ旅。スマホの通知音に急かされることもなく、ただひたすらに温泉の温もりと、水風呂の冷たさと、大自然の風を感じ続けた日々。間違いなく「人間」として再起動を完了した。
旅の終わりはいつも切ないが、同時に新しい日常を生きるための活力がみなぎっているのを感じる。次はどんなサウナが小生を待っているだろうか。そんなことを考えながら、女満別空港の搭乗口へと歩みを進めた。





